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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1327号 判決 1992年12月21日

主文

一  原告及び被告らの各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は原告及び被告ら各自の負担とする。

理由

【事 実】

一  当事者の求めた裁判

1  原告

【第一三二七号事件】

(一) 原判決中原告敗訴部分を取り消す。

(二) 被告らは、原告に対し、連帯して金四五〇万円及びこれに対する平成元年一二月三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 被告らは、原告に対し、連帯して、別紙記載の「判決の結論の広告」をサンデー毎日誌上に、全国版一頁のスペース、「判決の結論の広告」の八字は初号活字、その他の部分は二〇ポイントをもつて掲載せよ。

(四) 訴訟費用は第一、二審とも被告らの負担とする。

(五) 仮執行宣言

【第一三八五号事件】

被告らの控訴をいずれも棄却する。

2  被告ら

【第一三二七号事件】

原告の控訴を棄却する。

【第一三八五号事件】

(一) 原判決中被告ら敗訴部分を取り消す。

(二) 原告の請求をいずれも棄却する。

(三) 訴訟費用は、第一・二審を通じて原告の負担とする。

二  当事者の主張

次のとおり補正するほか、原判決事実摘示(第二 事案の概要)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏六行目「被告株式会社」の前に「原告にとつて、前科は人に知られたくない事実であり、プライバシー権として、本件前科を公表されないという利益を有するところ」を、同行目「(以下「被告会社」という。)は」の次に「週刊誌」を、同一〇行目「掲載し、」の次に「(以下「本件記事」という。)」を、同三枚目表一行目「慰謝料」の前に「民法七〇九条、七一〇条、七一九条に基づき」を、同行目「これに対する」の次に「不法行為の日である」を、同二行目「別紙」の前に「民法七二三条に基づき」を加え、同二枚目裏一〇行目「原告」から同末行目を「原告のプライバシー権を侵害した。」と改める。

2  原判決三枚目表七行目「平成元年一一月」の次に「九日号」を、同裏七行目「前科」の前に「本件」を、同九行目「前科を」の前に「実名と本件」を、同一〇行目「本人尋問」の前に「原審における」を加え、同表八行目「週間文春」を「週刊文春」と、同九行目「前科である詐欺」を「光輪事件」と、同裏三行目「意思はない」を「意思はなく、原告の手口が光輪事件の手口に酷似している」と改める。

3  原判決三枚目裏九行目「掲載した。」の次に「その後、原告は、ソートービルの売却につき偽の印鑑を使用して不動産売買契約書等の偽造書類を作成し、架空のビル買収計画を仕立てあげたとして曹洞宗から警視庁に告訴され、三億五〇〇〇万円を詐取した罪で起訴されたことによつても、被告らによる本件前科の公表が同種犯罪につき社会に警告を与える報道として違法性を欠くものであることが裏付けられた。また、日刊新聞が殆ど月決め宅配方式により購読されるのに対し、週刊誌は殆どが書店、駅売店等で購買されるため、週刊誌では読者の興味を引く見出し、表現を用いて読者の購買意欲を起こさせる必要があり、本件記事全体の記述方法は週刊誌の右特性を前提とした公共の利害に関するものであつて違法性はない。」を加える。

4  原判決四枚目裏七行目「右原告の」を「本件」と、同末行目「損害賠償」を「慰謝料」と、同五枚目二行目「判決の結論の広告」を「本件「判決の結論の広告」」と改め、同四枚目裏八行目「(以下「本件記事」という。)」を削除する。

三  証拠《略》

【理 由】

一  次のとおり補正するほか、原判決理由説示(第三 争点についての判断)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表五行目「前科」から同一〇行目までを次のとおり改める。

前科は人の名誉・信用に直接かかわる事項であり、何人もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するから、人の前科は、たとえそれが真実であつたとしてもこれをみだりに公表することは許されない。

したがつて、人の前科をみだりに公表することは、原則としてプライバシーの侵害として不法行為となるというべきであるが、基本的人権としての表現の自由の重要性に鑑みると、人の前科の公表がその内容や対象者の身分、犯罪報道との関連性等に照らして重要な社会的関心事と認められ、かつ、具体的な公表の経過、目的、方法等が相当であると認められる場合には違法性を欠くことになる結果として、不法行為の成立が妨げられるというべきである。

本件前科の掲載は、原告のプライバシーを侵害する行為であることは明らかである。

そこで、以下、本件前科の掲載は違法性を欠くか否かについて判断する。

2  原判決五枚目表末行目「証人長倉正和」を「証人長倉正知」と、同裏二行目「週間文春」を「週刊文春」と改め、同表末行目「乙一、」の次に「四ないし七、一二、一三、」を、同裏一行目「牧」の次に「、弁論の全趣旨」を、同六枚目表八行目「「熱海で」の前に「「日本中の話題独占!」、「なんともうらやましい」」を加える。

3  原判決七枚目裏六行目の次に改行のうえ以下のとおり加える。

(五) その後、平成四年六月九日曹洞宗はソートービル買収をめぐり、偽の印鑑を使用した偽造書類で架空の売却話を仕立てあげたとして、原告を有印私文書偽造罪容疑で警視庁に告訴し、捜査がなされた結果、原告はソートービルに関して架空の売却話を持ち掛けて相手方の会社社長から手付金名目で三億五〇〇〇万円を騙取したとして、同年九月二二日に逮捕され、右事件につき起訴されるに至つた。

4  原判決七枚目裏七行目から同九枚目裏一行目までを以下のとおり改める。

人の前科を公表することは、特別の事情のない限り、当該人の法律上の保護に値する利益を侵害し、不法行為になることは前述のとおりである。原告の前科は詐欺罪により実刑判決を受け、九年間服役したというもので、詐欺罪の中でも犯情悪質な部類に属することは明らかである。しかしながら、原告は、現職の公務員でも、公選による公務員の候補者でもないし、立候補の予定もなく、単に政治団体の代表者に過ぎず、右の政治団体がいかなる政治目標を標榜してどのような人的構成のもとに具体的にいかなる政治活動を行つているかについては不明であり、この点について長倉も十分な調査をしていなかつたし、調査した範囲では公務員又はこれと同視しうる地位にあることを窺わせる事実を把握していなかつたものであるから、原告が公的な立場にあつたとは認められない。また、曹洞宗の土地に関する詐欺についても、その記載部分は本件記事全体を通じてみると重点を置いて記述されているものではなく、どちらかというと付随的に触れられているに過ぎないうえ、原告が具体的にいつ、誰に対し、いかなる方法で詐欺をしようとしているのかにつき本件記事の掲載時点迄に十分な裏付け調査をしたうえで記述されたものとは認められず、本件前科の掲載が右詐欺事件との関連において新たな被害者の発生を防止するという意図のもとになされたものとも認められないし、必要な方法ともいえない。原告が、本件前科の掲載後に、右詐欺事件により逮捕され、起訴されたことが認められるものの、これはたんに事後的な結果に過ぎず、右認定を左右するものではない。さらに、本件記事を含む記事全体の表現は、前述のとおり、興味本位な冷かし半分のもので、特に読者の注意を最も引く見出しに至つては、到底被告の主張する世情に対する警告や犯罪防止の意図を窺わせるには足りないものである。前述の表現は、週刊誌の発刊という被告らの立場を考慮したとしても相当であるとは認められず行き過ぎであることに変わりはないというべきである。これらの事情に照らすと本件前科の掲載は違法性を欠くものということはできない。したがつて、本件記事における本件前科の掲載は、原告のプライバシーを違法に侵害するものであり、被告らは共同不法行為者として原告に対し損害賠償責任を負うというべきである。

5  原判決一〇枚目表一行目「損害賠償」の次に「請求」を加える。

6  原判決一〇枚目表七行目から同裏八行目までを以下のとおり改める。

原告は、民法七二三条に基づき、別紙「判決の結論の広告」をサンデー毎日誌上に掲載することを求めている。しかし、同条にいう名誉とは、人がその品性、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価(社会的名誉)を指すものであり、同条は人の社会的名誉が侵害された場合に限り例外的に原状回復措置を認めたものであつて、プライバシーが侵害された場合に同条に基づき原状回復措置を求めることはできないというべきである。また、観点を変えてみても、本件判決の結論の広告は、原告に関する前科を詳細に掲載した行為は原告のプライバシー権を侵害するというもので、前科の具体的な内容は不明であるから、かりに原告の請求どおりの判決の結論の広告を認めたとしても、原告に対して被害感情の点で主観的な満足を与えるに止まり、プライバシーを侵害された原告についてプライバシーが侵害されなかつた状態に原状回復させる、すなわち、本件記事掲載前の、原告について本件前科の有無が一般人に知られていない状態に復するのにどれだけ実効性があるか疑問であるし、逆に具体的に原告の前科を記載するとなると、本件記事を読んでいなくて新しく右の「判決の結論の広告」を目にした読者には原告に前科があることを知らしめることになり、既に本件記事を目にした読者には再度原告に前科があることを確認させ、再び原告のプライバシーを侵害する結果となり、いずれの場合にも原状回復措置を認める実質的な根拠を欠くことになるから、プライバシー侵害の場合に右のような広告を求めることは許されない。被害感情の点で被害者に主観的な満足を与えることは民法七二三条により許される原状回復の範囲を逸脱するものであり、以上に反する原告の見解は当裁判所の採用するところではない。

二  よつて、原判決は相当であり、原告及び被告らの本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田 潤 裁判官 根本 真 裁判官 清水研一)

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